香肌文庫 第53回 なぜ脈ばかり診るの?
当院で初めて鍼灸治療を受けた方は、やたらと手首の脈ばかり診られることを不思議に思われたのではないでしょうか? 中には「不整脈があるのですか?」とか「どこかおかしいのでしょうか?」と心配される方もいます。そこで今回は、なぜ脈ばかり診ているのか説明したいと思います。東洋では過ぎる状態を「大過」足りない状態を「不及」と言い、大過でも不及でもないちょうど良い状態を「中庸ちゅうよう」と言い理想の姿とします。我々鍼灸師はこの中庸の脈を作ることが仕事なのです。分かりやすい例をあげると、私たちの体温は外気温が高くなろうが低くなろうがおおむね36.5度という体温を保っています。これが中庸の体温です。これが病気になると、体温が上がったり(大過)、逆に低くなったり(不及)します。そして体温のように自覚は出来ないのですが、脈にも大過と不及があります。「第9回 自律神経の調節」でも少し触れましたが、大過の脈とは速かったり表面に浮いている脈です。不及の脈は遅かったり沈んでいる脈です。古典のまま引用すると大過の脈には浮・洪・滑・実・弦 不及の脈には微・沈・緩・濇・遅などがあります。そして中庸の脈のことを「胃の気脈」と言います。言葉にするのは難しいのですが、締まっていてしなやかな脈です。この「胃の気脈」にするためにどのツボを使えばよいのか、治療は正しかったのか、脈を診ながらいちいち確認していきます。
ツボが違っていたり、治療が正しくないと胃の気脈は出ません。胃の気脈が出れば治療終了です。胃の気脈になると気分が明るくなり食欲が出ます。脈は全身の反映ですから気分も中庸になるのです。
第53回香肌文庫 2010.7.1