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香肌文庫 第164回 坤徳

前回は社長体質という話をしましたが、もし世の中が社長体質の人ばかりだったら船頭多くして…となり、
まとまりません。しかし、世の中バランス良く出来ているもので、社長体質とは反対の従者体質とも言えるタイプも存在しています。バランス的には社長より従者の方が多数必要ですから、やはりその割合も多くなっています。社長体質が肝虚証だったのに対し、従者タイプは脾虚証といいます。その性質は穏やかで争いは好まず、我慢強く、あまり自分を主張しません。
ただ、現代の競争社会に置いては、このようなタイプをあまり良しとしない傾向があります。
本屋に並べられている自己啓発本を見ても、多くはリーダー学であったり、人を引き付けるノウハウ本、独立の手引書など、他人に勝つことや出世を目標とするものばかりです。そして子どもたちへの教育、期待もそちらに向いているのではないでしょうか。
「易経」では人の上に立つ者の徳、これを「乾徳(けんとく)」とし、人を統率する君子としての生き方を説いています。自然界で一番上にある天の姿になぞらえ、天の徳とも呼ばれています。

一方、信頼する主君のため、正しい社会のため、愛する者のために自己を消してひた向きに生きる、これもなかなか出来ない君子の姿だと易経は教えているのです。従者には従者の生き様があり、これを「坤徳(こんとく)」としています。大地の徳、皇后陛下の徳とも呼ばれています。乾徳が陽の君子なら、坤徳は陰の君子です。
五年前にお亡くなりになった名優高倉健さんは、ロケ先などで子供の運動会に遭遇すると、喜んで応援したそうです。健さん曰く、「自分はこれまで拍手をされたことしかなかった。しかし人に拍手するのはこんなに気持ちが良いものなのか、拍手されるより拍手する方がよっぽど幸せな気持ちになれた」と語っています。
もしかしたら健さんは坤徳の人だったのではないでしょうか。乾徳の人が多い大スターの中で健さんが別格に見られたのは、健さんが坤徳の君子だったからだと思います。

さて、美味しい新米の時期を迎えております。
稲というのは大変不合理にできており、子孫を残すだけなら一本の稲にあれほど多くの実を付けなくてもよいのだそうです。しかし、稲は垂れ下がるほどたわわに実を付けます。もう少し実の料を減らした方が秋に枯れ死せずに、もう少し長く生きることもできるそうです。
これは私たちのために多くの実を余分に付けて死んでくれているとしか思えません。私たちが稲を特別視し、神に捧げ、一粒残さず感謝して食べるように教育されたのは、稲こそ「坤徳」の象徴だからでしょう。


第164回香肌文庫 2019.10.1

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