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香肌文庫 第105回 名人と迷人

鍼灸治療には補法と瀉法という方法があります。第16回補法と瀉法
補法とは「体力を強くして症状を消す」瀉法とは「症状を消して体力を助ける」といった方法です。補法と瀉法は患者の症状や体力により使い分けます。
分かりやすいように一般医学で説明しますと、例えば発熱という症状は体が抵抗力を発して病と闘っている現象なので、体力に余裕のある人なら解熱剤は飲まないで栄養と休養で治すのが良い方法です。これが補法です。しかし体力の弱った老人が発熱した場合はこんな呑気な事は言ってられません。体力が症状に負けて肺炎になる恐れもあります。速やかに解熱剤を与えるべきです。これが瀉法です。
鍼灸院でよく見られる症例では、例えばギックリ腰による激痛で動けない人には瀉法を優先して苦痛の除去から行います。補法で「体力を付けて治しましょう」としていては患者も参ってしまいます。
同じ腰痛でも加齢によるものや冷えからくるような鈍痛に瀉法ばかりしていても解決しません。補法で体力を増す必要があります。

鍼灸治療って話だけ聞いているとしごく単純に思えるかも知れませんが、鍼灸師はこの補法と瀉法を適格に行えるように何年も修練するのです。何がそんなに難しいのかと言えば、補法と瀉法にはそれぞれ数値があるのです。補法には「おいどうした?元気だせよ」という数値から「無理しないで休んでろよ」という数値、瀉法なら「まあまあ少し落ち着けよ」という数値から「いい加減にしろこの野郎!」というように幅があります。
鍼灸は一本の鍼と一つまみの艾だけでこれら全ての数値を表現するのです。鍼先の向きや角度、刺してから抜くまでの時間、深浅、艾を捻る堅さなどを変化させることにより数値を微妙に変えることが出来ます。そして生体の求めている数値にこのサジ加減がピタリと一致したときに効果が表れます。
それにしても鍼灸治療が「補法と瀉法」という単純思考で数千年の歴史を越え、病気も複雑化した現代に尚見直されているとはどういうことなのでしょうか?
それは病というものは決して多くの種類があるのではなく、場面と数値が違うに過ぎないからだと思います。
治療も同じです。場面や数値ごとに新たな病名を付け、治療法を増やしていっても永久に終わりがありません。
色々な流派のやり方を取り入れたり、何かと新しい方法を好む人を迷人と呼び、基本的な事を無限に応用できる人を名人と呼ぶそうです。鍼灸の世界に限らず、全ての道に通じることではないでしょうか。

第105回香肌文庫 2014.11.1

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