第235回 思い出に残る施術
これまで多くの方々を施術させていただき、最も思い出に残る方は?と聞かれれば、話題性ということからも、あるお寿司屋さんの施術を紹介するしかありません。このお寿司屋さんは、私がまだ二十代で都内のあるクリニックで雇われ鍼灸師として働いていた時の患者さんだったのですが、驚くなかれ、鍼灸の施術中に寿司を握ってくれたのです。光景がまったく想像できないと思いますので、今話題のChatGPTに作ってもらいました。どうぞ下のイラストをご覧になってから読んでください。
この方は夫婦で寿司屋を営む奥様なのですが、色々なストレスから心身ともに病んでしまい、医師による有効な治療がないということで鍼灸の方へ回されてきたのです。若輩で好奇心有、遠慮無だった私は「シャリってどうやって握るの?」「すし酢の秘伝ってあるの?」なりふり構わず質問していました。奥様は疲れているにもかかわらず、にこやかに私の質問に答えてくれました。私は何ともあつかましい施術者だったわけですが、奥様の顔は嬉しそうでした。そして後日の予約の時に大きな紙袋に何やら物をいっばいに詰めた奥様がやって来ました。
「先生っ、寿司握ったげるよ!」
クリニックには鍼灸専用の治療室などなく、リハビリ室の片隅で行っていました。間仕切りカーテンをがっちり閉め、ゲリラ寿司屋の始まりです。カーテンの外では他の患者さんたちがリハビリをしています。酢の匂いが広がりましたが、誰がこの中で寿司を握っていると思うでしょうか。
「ご飯はこれくらいで、軽く握って、食べたら広がるような…」奥様は生き生きとしていました。
私もどこへ鍼を刺していたのか…。ただ、この時の奥様はもう病人ではありませんでした。
お土産にペットボトルに入れたすし酢も頂きました。
私たちは好きなこと、得意なことをしているだけでは元気になれません。社会が煩わしくなって山で自給自足生活を始めたのにインスタで毎日の生活を発信したり、無口な子供に好きな電車の質問をすると目を輝かせて話してくれたり、若い頃の武勇伝に饒舌になるお年寄り、かく言う私も毎月ブログやインスタで鍼灸の世界を紹介していますが、鍼灸を世に広めたいとか、みんなの健康に役立ちたいとかは後から咲く綺麗な花で、元々の種は「鍼灸ってすごいんだぞ」「おい聞いてくれ、面白いだろ!」
インプットだけでは喜びもいまいち、
自分が特別になれるアウトプットの場があってこそ喜びを感じるのです。
第235回香肌文庫 2025.9.1