第212回 陽は消えない
鍼灸では「病気」を重視します。「それは医者も同じだろ?」と思われるかも知れません。しかし、それは違います。医者が重視しているのは病気ではなく「病巣」だからです。
なぜ手術で取り除いたガンが再発するのか?それは病巣だけ取り除いてもそれを作る病気がまだ消えていないからです。鍼灸を「気の治療」と言うのはこういうことです。
鍼灸医学の根本原理である陰陽論では、形あるものは陰、形ないものは陽とします。陰は消えるが陽は簡単には消えません。
オーストラリアの原住民であるアボリジニたちは、ボールで遊んでいても、そのボールを欲しがる人が現れたら簡単にあげてしまうそうです。アボリジニたちはボールで遊んだ思い出が残っているのでボールが消えても満足だというのです。物に対する執着心がまったくありません。アボリジニは陰より陽が大切なのです。
「陽気な奴」とはこういった心意気の持ち主かもしれませんね。
今思い起こせば私の父も陽気な心の持ち主でした。父の地元は街から離れた山間なのですが、飲み物や道具類、ガソリンを買うにもわざわざ値段設定の高い地元で買うのです。私が「ホームセンターで買えば半値だぞ」と窘めると、「そうか」と笑っているだけでした。
私たちは街の八百屋さん、写真屋さん、電気屋さんに行くのをやめて、ホームセンターやデパート、通販を利用するようになりました。その方が安くて便利だからです。しかしそれで残るものは僅かに浮いた現金だけです。それもやがて消えてしまうでしょう。地元で頑張っているお店で買えば「触れ合い」が付いてきます。
近所の情報や悪口陰口スキャンダラスな噂話も聞けるかもしれません。なんて高価なおまけ付きでしょう。
地方都市ほとんどの商店街がシャッターを下げ、廃れた光景になってしまいました。これも形あるものだけに価値を置く陰気な私たちが作り上げた風景なのでしょうか。少し陽気に生きてみたいと思います。
第212回香肌文庫 2023.10.1