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香肌文庫 第131回 エキゾチック

一番好きな食べ物は?と聞かれても迷ってしまうのですが、これまでで一番感激した食べ物は?と聞かれれば、二十年前に中国を一人旅した際に西安で食べたエスニック水餃子と即答します。
西安は千三百年前の大唐時代の都、長安だった場所です。シルクロードの東端であった長安は当時世界最大の貿易都市で、世界中から訪れる留学生やラクダで砂漠を越えて来た西方商人、仏教、イスラム教、古代キリスト教、ゾロアスター教…夜になれば青い目のイラン系女性が腰をくねらせて踊り、男たちは赤い酒を飲み交わしました。西と東の文化が掻き混ざった、それはそれはエキゾチックな雰囲気でした。
弘法大師空海もここで勉学し、日本へ帰って密教を確立したのですが、これには仏教だけでなく様々な西方異人たちの宗教を取り入れたと言われています。ですから密教は他の仏教と比べてかなりエキゾチック仕立てです。二十年前に私がエスニック水餃子を食べた場所も、エキゾチックな雰囲気に魅せられさまよった回民街と呼ばれるイスラム教徒たちの街でした。その水餃子は油の浮いた真っ赤なピリ辛スープに羊肉の餃子が入っていました。イスラム帽子をかぶった店のおばさんは無愛想でしたが、私が好吃!(美味しい)と唸ったら気を良くしてくれ、一緒に記念撮影までしてくれました。あのエキゾチックな味は今でも忘れられません。本当に美味しかったのです。西安は今でこそ近代的な大都市に変貌していますが、私が訪れたわずか二十年前はレンガ作りの民家なども残り、古いイスラム寺院、乾燥した土ぼこり、路肩に積まれたラグビーボール型のスイカなどが、かろうじて西域の風を感じさせてくれました。

旅の思いで話ではなく、鍼灸の話をしなければいけません。鍼灸は古代中国で生まれた医学であるというのが定説です。私も鍼灸医学は間違いなく古代中国で料理され、出来上がったと思っているのですが、料理の材料は西方にあったのではないかと思うのです。
最近では、アルプスの氷河から見つかった5300年前のミイラに、鍼灸で使われるツボと同じ場所に入れ墨がされていることが発見され話題になったりもしています。もちろんこれだけで鍼灸(ツボ療法)が西洋発祥とするのは無理がありますが、私は西方でも、世界最古と言われるメソポタミア文明にルーツがあるのではないかと勝手に思っているのです。鍼灸オリエント起源説です。もしかしたら浪漫を感じてゾクゾクしたいだけなのかも知れません。
メソポタミア文明を担ったのはシュメール人と呼ばれる人たちなのですが、このシュメール人は起源がまったく分からない謎の民族で、非常に優れた文化を携えて突然歴史に現れるのです。このためシュメール人=異星人という説もあるくらいです。
メソポタミアでどのような医療が行われていたのかは明らかになっていませんが、私に浪漫を感じさせる話を掻い摘んでみますと、鍼灸医学の理論ともなっている六十年周期の干支が、それよりも早い時代にシュメール人が考えた六十進法と同じ構造を持っていること、鍼灸の十二経絡にも対応している中国の十二支はメソポタミアで考案された十二星座と共通点が多いことなどが挙げられます。また、シュメール人が考案した世界最古の文字である楔形文字が中国に伝わって易の八卦や甲骨文字誕生のきっかけとなった説もあります。
要するに、鍼灸医学の背景となっている宇宙観が中華文明より遥か昔にメソポタミアにあったということなのです。他にもメソポタミアと古代中国の共通点として、帝の祭祀場である天壇の存在や印章、太陰暦、占星術の発達、メソポタミアの建築と万里の長城の様式の一致などがあります。どうも私たちが想像しているよりもっと昔から、東西は交流していたようなのです。小河墓遺跡で見つかった中国最古の女性ミイラは東西の混血児だったことも判明しています。きっとエキゾチックな顔立ちの美人だったのでしょう。
鍼灸も今でこそ、素朴で古風な医療といった感じを受けますが、鍼灸創世記の頃はエキゾチックに見える医療だったのかもしれません。エキゾチック=西+東ですね。

最後になってしまいましたが、新年あけましておめでとうございます。正月は皆さんそれぞれの地域でそれぞれのお雑煮を食べたことでしょう。私が住む三重県は関東と関西の両文化が混合している所で、名古屋に近い方は四角餅、関西側は丸餅を食べています。
うどんも関東は鰹だしに濃い口醤油、関西は昆布だしに薄口醤油を使いますが、三重県は鰹だしに薄口醤油と東西が混合しています。ちっともエキゾチックではありませんが…。


1996年 西安回民街の食堂にて 

第131回香肌文庫 2017.1.2

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