香肌文庫 第120回 吉と凶
激しい腰痛で2～3日間まともに動けなかった婦人が私の所へ鍼灸治療にみえました。一回目の治療を終え、後日二回目の治療にみえた時には腰も伸び、歩き方もしっかりしているので私もホッとしたのですが、なぜか婦人の顔には元気がありません。話を聞いてみると、痛くて動けない時には御主人が食事から洗濯など全ての家事をしてくれ、優しく労わってくれたそうなのですが、動けるようになったとたん一変、元の奴隷に戻されたとのことです。挙句には「しばらく腰痛でいればよかった…」です。これには私も苦笑するしかありませんでした。
確かに世の中は元気だと人に頼られ、賢いと世間で使われ、裕福だと狙われ…いっそうのこと仮病でも使って阿呆でも決め込んでいる方が幸せかもしれません。しかしそんなこと言ったら本当に病気で苦しんでいる人に叱られますね。
仏教に面白い話があります。ある家に美しい女性が訪ねて来ました。女性は「私は幸福をもたらす吉祥天です。福を授けに来ました」と言います。家の主人は大喜びで迎え入れるのですが、少し遅れて薄汚れた醜い女性が訪ねてきました。醜いその女性は「私は不幸をもたらす黒闇天です。私の行く所には災いが起こります」と言います。主人は「冗談じゃない、お前みたいな疫病神はとっとと帰ってくれ！」と追い返してしまうのですが、すると福の神である吉祥天も一緒になって出て行ってしまったのです。なぜなら吉祥天と黒闇天は仲の良い姉妹でいつも行動を共にして離れることがないからです。
この話は吉と凶は表裏一体、凶を受け入れられない者に吉が来ることは絶対にないと教えています。
こうして考えてみると、巷で言う開運術も頷けます。例えばヘビが家の中に入って来て喜ぶ人は一部の爬虫類好きを除いていません。昔から人間が嫌う生き物です。だからこそ、ヘビの夢やヘビ革の財布が財運をもたらすということになるのです。また、黄色の財布も財運が良くなると言われていますが、なるほど中国では古来黄色は帝王とか中心という高貴で位の高い意味を持つ反面、ポルノ映画を黄色電映と言ったり、卑猥で低俗な意味もあるのです。
つまり凶を含まない吉は偽物であり、吉を手に入れたいのならそれに伴うリスクとセットなのです。
今月は節分ですが、こうなったら豆まきは「福は～内！ 鬼も～内！」に変更ですよね。
第120回香肌文庫 2016.2.1
